日本基督教団 洛北教会

2011年 教会標語『常に主を覚えてあなたの道を歩け。』(箴言3章6節)

先週の説教 -バックナンバー-

11年8月のバックナンバーです。

2011年8月7日 聖霊降臨節第9主日

説教:「今、この目であなたを仰ぎ見ます」
聖書朗読:ヨブ記42章1〜6節
説教者 :北村康二執事

 私たちの生活には,しんどい、つらい、苦しい毎日が横たわっています。私は、まだ経験も苦労も足りない者ですが、それでも何回となく、自分の道が見えなくなってしまったということを経験してきました。その時に、心の底までしみわたってきた言葉が、聖書のこのヨブ記の言葉です。

 ヨブは、この世にはまれな人間で「まったく、正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた」と神様に言ってもらえる人間でした。そこへ、サタンがやってきて、神さまそれは、彼は富もあり、幸せな家族もあり、すべてが整っているから、あのようにふるまっているのです。人間なんてエゴの塊で、ヨブもその幸せを取り上げられたら、化けの皮がはがれますよ,と神様にいいます。神さまは、ヨブをサタンの手に渡されます。ヨブはすべての財産を失い、七人の子供も失ってしまう。さらに自分も全身にひどい皮膚病が出て、町を追い出されたとあります。ヨブは絶望の中に投げ込まれる。それも、ヨブのせいではない。ヨブに原因があってこのような不幸にみまわれているのではない。むしろ、災難にあっても、主を離れず、主をたたえつづけるからこそ、サタンは二の矢、三の矢をはなつのである。そこに、ヨブの3人の友達がやってきます。この3人は、ヨブのことを心配し、三日三晩、じっくりとヨブの話を聞くという友人でした。しかし、ヨブが神をののしる言葉を聞くうちに、教え、さとしはじめます。「悪が栄えたためしはない、どこかで罪をおかしているのだ、悔い改めよ、そうすれば救われるであろう」と語る。しかし、それらの言葉は,ヨブの悩みをまったく解決することはできません。どうして私をこのような目にあわせるのかと神を非難し問い詰めるヨブ、そのようなヨブを非難し、悔い改めて神につかえよと諭す友人。そういう中で、神様が声をかけたのはヨブでした。「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは。」(ヨブ記 38章 1節)ヨブは、自分の不幸をなげき、神をののしり、友をののしり、悪態をつく。まさに、私たちが追い込まれた時はヨブのように語るしか言葉がありません。そして、神様はこのヨブに現れ、言葉をかけて下さる。「これは何者か。知識もないのに」知識がない、何もわかっていないと語られる。本質的なこと、根本的なことがわかっていない、つまり信仰がないと語られる。お金がないというのではない、努力がたりないというのでもない、信仰がないといわれる。まったくわかっていないといわれる。「あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます」(ヨブ記42章:5節)

 私たちは教会で神様を信じますと語ります。しかし心の奥ではどうであるか。私が耐え切れない状態に置かれた時、ヨブと同じように、神に噛みつき、神に悪態をつき、神に泣いて求めます。私は信じるといいながら、神様が神様であることがわからなくなってしまう。ヨブは神様をあげつらい「信仰がない」と言われた時、はじめて「そのとおりです」と目を覚ますことができました。さらにヨブは、「今、この目であなたを仰ぎ見ます。」と告白します。この世で決定的なことは、私に信仰がない、心のもっとも奥深いところで、どうしても神がみえず、神に悪態をつく自分がある、その悪態をつく私に神様は直接あらわれ語りかけてくださる。「これは何者か。知識もないのに」そして私には「そのとおりです、この目であなたを仰ぎ見ます。」と語れるか,祈れるか。「主を信じます。どうぞ不信仰な私をお許しください」と祈りつつ、神様にすがりついていきたいと思います。

2011年8月14日 聖霊降臨節第10主日

説教:「恵みの主仰ぎつつ」
聖書朗読:Tペトロ書3章13〜22節
説教者 :中西和樹執事

 私たちには神との平和、隣人との平和を求める心が与えられている。だから神の御旨に反することを行うときには、自分を騙し偽らざるを得ない。その反面、善を行おうとしてもそれを拒否してしまう罪の力に支配されている。使徒パウロが、「心では善を欲し、体では悪を行っている」と嘆いたとおりである。私たちの現実は、神の似姿として神との平和を希求しながら、罪に囚われた体を意のままにできない深刻な「苦悩」の中にある。

 平和を慕う心と罪の力に翻弄される私たちを、しばしば「苦難」が襲う。隣人からの言葉や暴力、社会的な孤立といった様々な苦難の中で、静まって御旨を問うことは平時に勝って難しい。敵と目される隣人を排除し、自らの苦悩から逃れるために、赦されざる暴言・暴力や殺人さえ起こしてしまう。

 苦難は神に忠実に仕えた大預言者エリヤをも襲った。異教バアルとの対決に勝利したエリヤは、なお王妃イゼベルに命を狙われる立場となり、その逃避行にも疲れて神の山ホレブで主に「私の命を取って下さい」と訴える。しかし主はご自分の絶大な力をエリヤに見せた後に、静かな声で語られた。「行け。私はバアルにひざまずかない七千人を残した。」私たちの誠意や努力が尽きるときにも、主はあきらめずに私たちを立てて用いられる。

 使徒パウロも同様に、病の苦しみを取り去って下さるよう主に三度祈ったが、主は言われた「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」私たちの弱さは神の力が完全に表れるためであり、苦難と苦悩の中にあるときこそ主は近く居まし、溢れるほどの恵みを注いで下さる。

 ペトロの手紙はキリスト者に、異邦人やユダヤ人に対する「立派な行い」を勧める。私たちに他人を感心させるような「立派な行い」が可能なのだろうか。この「立派な行い」という言葉は、主イエスにナルドの香油を注いだ女に「この女はわたしに『良いこと』をしてくれたのだ」と言われた、「良いこと」と同じ言葉である。ペトロはこの場面に同席して、誰の目にも明らかに愚かなこの女の行いを主イエスが「良いこと」と言われたことを、驚きをもって記憶していたのであろう。ペトロ自身が幾多の失敗や裏切りをすべて主に赦されて、教会の礎石とされる恵みを頂いた者であった。

 「キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。」主イエスは、罪の現実に苦悩し、苦難に立ち向かう勇気や、揺るぎない信仰をもつことのできない罪人のひとりとして生き、その苦悩をすべて味わわれた。愚かでも、欠けていても、ときには全く間違っていても、主を喜ばせようとする願いと祈りをもつこと。それを主が用いて下さることに全幅の信頼を寄せること。何をしてよいか分からないとき、何もできないとき、立ち上がれないときにさえ、主ご自身が共に歩んでくださることをいつも思い起こすこと。ハイデルベルク信仰問答にあるように、「生きるときも死ぬときも」私たちは主のものであり、内なる苦悩にも、外なる苦難にも絶望せず、主によって再び立ち上がることができる。

「あなたがたはこの世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている。」私たちの矛盾と無力と度重なる過ちを知られ、愚かな的外れの行為を知っておられる主が、すべてを「良いこと」に変えて用いて下さる。「さあ、立て。」と私たちを促して、先だって救いの道へと招き、共に歩んで下さる。恵みの主を仰ぎつつ、いのちの種をまき続ける者となりたい。

2011年8月21日 聖霊降臨節第11主日

説教:「隣人を愛しなさい」
聖書朗読:ルカ福音書10章25〜37節
説教者 :安本教博執事

 「善きサマリア人」は、カナダやアメリカ合衆国の多くの州で「善きサマリア人の法」(法律)として、導入されています。「災難に遭ったり急病になったりした人など窮地の人を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」という趣旨の法律です。

 サマリアは、パレスチナのヨルダン川西岸地区一帯の地域名であり、(現在はパレスチナ自治政府統治下)「パレスチナ」というのはペリシテ人の土地という意味で、ローマがこの地からユダヤ性を奪うために改名した名前です。

 エルサレムに住むユダヤ人とサマリア人とは大変仲が悪かったので、ガリラヤ地方からエルサレムに行くには、サマリアを通っていくのが一番近道であるのに、サマリアを避け、遠回りして、エルサレムに行っていました。その理由は、紀元前8世紀ごろ、このサマリア地方はアッシリア帝国(現在のイラクの北側)の攻撃により滅ぼされ、占領され、この地のイスラエルの王国が滅ぼされ、この地に残ったイスラエル人と移民との間に生まれた人々がサマリア人と呼ばれるようになりました。次々と外国人が移住し、さまざまな外国の宗教が入り、そのため、アッシリアの宗教とユダヤ教が混同したものを信じたりして、イスラエルの神を信じる純粋な信仰はいい加減になってしまった。エルサレムに住むユダヤ人たちは、サマリアの人々を、他の神々や外国人の血によって自らを汚したけしからぬやつらと軽蔑しました。サマリアの人たちもこれに対し、独自の聖書と礼拝の場所を定めて、エルサレムに対抗したのです。こうして両者の関係は険悪になるばかりになりました。だからガリラヤ地方からエルサレムに行くには、サマリアを通ることをしないで、わざわざガリラヤ湖の東側を通って、遠回りして行くのが一般的でした。イエス様はエルサレムに行くのに遠回りしないで、サマリアを通る道を選んだ理由として考えられること、それは、サマリアにもイエス様を信じる人達がいたからなのです。イエス様を信じる彼らのことを思うと、サマリアを避けて、ガリラヤ湖の東側を通って、遠回りすることは出来ませんでした。彼らの強い信仰が、サマリア経由を選ぶことになったのです。

 祭司もレビ人もエリコに住んでおり、祭司もレビ人もそれぞれエルサレムでの奉事を終えてエリコに帰るところであったと思われます。祭司やレビ人は忠実に律法を守る人たちでした。律法では、血を流しているものに近づくことは汚らわしいものとして、してはいけないこととされていました。そのため、祭司やレビ人は忠実に律法を守る為にそのような重症の人に近づかなかったかもしれません。「律法を守らないと神様から罰を受ける」と考えられていたのです。祭司やレビ人は律法を忠実に守ったのですが、律法に拘りすぎていると助かる人も助けられなくなるということなのです。

 第二次世界大戦の時代にリトアニアの領事館員をしていた杉浦千畝さんはナチスドイツの迫害を恐れて逃げようとするユダヤ人の為に、日本政府の意向に反して、日本を通過して第三国に彼らが行けるようにと6000人もの人にビザを発給しました。列車が発車する直前まで、サインをし続けたのです。その杉浦千畝さんは後になって「何でそのようなことが出来たのですか」と問う質問者に答えた言葉は「私は人間として当然のことをしただけです」と言ったそうです。杉浦千畝さんも、また目の前のユダヤ人を見て「助けてあげたい。なんとかしてあげたい」と言う自然な思いを抱き、それを行動に移したというのです。

 このサマリア人も「助けてあげたい。なんとかしてあげたい」と、自分としては、ごく当たり前のこととしての行動だったのでしょう。それから、「善きサマリア人」とは「そのことによって、自分が不利益を被るリスクを顧みず人助けをする行為」を指すようになりました。

2011年8月28日 聖霊降臨節第12主日

説教:「希望をもって耐え忍ぶ」
聖書朗読:Tテサロニケ書1章2〜10節
説教者 : 北川善也牧師

 今日読まれた手紙は、使徒パウロが異邦人への第2回伝道旅行の途上で書いたと言われている。彼は、アンティオキア教会を拠点として地中海東北部を巡回し、各地のユダヤ人や異邦人に福音を宣べ伝えた。

 そもそも主イエスの教えを受け継ぎ宣べ伝えた12弟子は、いずれもユダヤの伝統に生きてきたユダヤ人だったので、彼らが福音を語り悔い改めを迫った相手は、割礼を受け律法を守って生きる同胞のユダヤ人が中心だった。当時は異邦人が神の救いに与るとは認められていなかった。それだけに、パウロの伝道を通して福音を受け入れ、洗礼を受けてキリスト者とされた異邦人の姿を目にしたユダヤ人の衝撃は大きかった。

 テサロニケでもまさにそのような出来事が起こったのだ。この町にパウロらがやってきて異邦人に向けて福音を宣べ伝えると、その働きを通して小さな教会が生まれた。これを見た、先に自分たちの拠点を築こうとしていたユダヤ人たちは妬み、町のならず者を抱き込んで暴動を起こして、パウロらをテサロニケから追い出してしまう。

 パウロは、テサロニケを離れてもそこに生まれたばかりの教会が気がかりで、アテネまで来た時、その状況を知るためテモテを派遣した。戻ってきたテモテは、彼らが迫害を受けながらも信仰を守り、立派に福音を証しし続けている様子を報告した。救われるはずのなかった異邦人の群れが、なぜ迫害下にあっても信仰を守り続けることが出来たのか。

 ここで注目したいのは、「あなたがたは、信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐している」(3節)というパウロの言葉だ。彼は、テサロニケの信徒たちが「信仰、希望、愛」という、神の大いなる恵みによって支え導かれていることを見出したのだ。

 パウロは、「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」(Tコリ13:13)と言っている。神が与えてくださる「信仰、希望、愛」は決して尽きることも消え去ることもない。宗教改革者カルヴァンは、次のように語っている。

 「神の言葉により頼む信仰、そして希望は、『錨』にたとえられる。この世を旅していく時、我々は固い大地にいるのではなく、海の真中で、それも波高く荒れ狂う海の真中で揺れ動いている。しかし水中の奥まったところに錨を投げ入れると、錨は底に隠れてしまっても舟をつなぎ止めて、波にさらされても打ちひしがれないようになる。このように我々の希望を、目に見えぬ神につながねばならない。錨は海底に向かって投げ降ろされるが、我々の希望は天に向かって投げ上げられる。錨がとめられている鎖が、目に見えぬ距離で舟と地面を結びつけているように、神の言葉は我々を神と結びつける絆であり、その結果どんな遠い距離でも、深い闇でも、我々が神に結びつくのを妨げるものはないのである」。

 テサロニケの信徒たちが、迫害に耐え、信仰を守り続けることが出来たのは、神の御子によって約束された救いの出来事を待ち望む大いなる希望によって「錨」を天につなぎ止めていたからだ。彼らは、迫害や窮乏など多くの艱難が途切れることなく襲い来る現実に身を置いていたが、そんな試練の向こう側に、何ものも脅かすことの出来ない、何よりも大きな平安があることを信仰によって見出し、喜びに満ち溢れていたのだ。

 我々は、日常生活の中で様々な艱難を受け、挫けそうになることがしばしばある。しかし、そのような時こそ、主の御言葉が我々を神につなぎ止める「錨」となる。荒波に翻弄される木の葉のような我々一人一人に絶えず目を注ぎ、御自分から決して離れないようにとつなぎ止めてくださるのが主イエスだ。十字架に釘付けにされた主が、我々を罪の泥沼から救い出し、神につなぎ止める「錨」となってくださった。我々は、主イエスによって、今や何ものにも揺るがせられない確固たる土台の上につなぎ止められている。

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