日本基督教団 洛北教会

2011年 教会標語『常に主を覚えてあなたの道を歩け。』(箴言3章6節)

先週の説教 -バックナンバー-

13年12月のバックナンバーです。

2013年12月1日 待降節第1主日

説教:「神の住まい」
聖書朗読:使徒言行録7章44〜53節
説教者 : 北川善也牧師

 ステファノが語っている「証しの幕屋」とは、元来「臨在の幕屋」と呼ばれていた場所のことだ。かつて神は、「わたしはその場所で、あなたたちと会い、あなたに語りかける。わたしはその所でイスラエルの人々に会う。そこは、わたしの栄光によって聖別される」(出エジ29:42,43)と約束された。

 幕屋は神を礼拝する神聖な場所だが、テントのような移動式の建物だった。それは、アブラハムに始まる族長時代のイスラエルの遊牧生活に起因している。

 後にイスラエルは、エジプトの奴隷生活から導き出されるが、これによって40年間荒れ野をさまよい歩くこととなった。その際、神御自身が幕屋を作って礼拝するよう命じられたのだ。このように神を礼拝する場所は、元々固定されたものではなかった。

 ステファノが説教した時代には、エルサレムに荘厳な神殿がそびえ立っていた。それに対して幕屋は大変質素な礼拝所だった。しかし、この幕屋はモーセが神から直接命じられた形に従って作られ、その意味ではより本質的な礼拝の場であり、神とイスラエルとの関係を証しする場でもあった。

 やがて、イスラエルは約束の地カナンを定住地として与えられた。そこで、彼らはシロを幕屋の常設地と定め、ダビデ王の時代までそこで礼拝を守り続けた。

 ダビデは、エルサレムに王宮を構え、ここに「神の住まい」を建てたいと願うようになる。しかし、この願いは、純粋に神のみを見上げ、この御方にすべてを委ねて歩んできた旅人の生活を忘れ、今や王にまで登り詰めた自分の力で、地上に永遠の都を建てようという思いから出たものだった。

 このようなダビデの思いは成就せず、実際にエルサレム神殿を建設したのは、彼の息子ソロモンだった。ソロモンは父と違い、神の住まいが地上の一箇所に、まして人間が造った建物に固定化されるとは考えなかった。「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」(王上8:27)。

 神は天地万物を創造された御方だ。どんなに大金を注ぎ、多くの労力や時間をかけたとしても、被造物に過ぎない人間の手になる建物は神の住まいとはならない。

 しかし、イスラエルの民は、自分たちの目の前にそびえる神殿こそ神の住まいだと思い込み、神はこの聖地エルサレムにしかおられない、だから我々はここにいる限り無条件に神の守護を受けられるという身勝手な妄想を抱く。

 ステファノは、そのようにして最も本質的な神への礼拝を見失ったイスラエルの人々の誤りを鋭く指摘した。「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち」(51節)の「かたくな」とは、「うなじを固くする」という意味を持つ言葉だ。これは、歯を食いしばり、何が何でも自分の思い通りにするという意固地さを表わしている。

 彼らは、「正しい方」、すなわち救い主イエス・キリストを認めようとしないことにおいて意固地になっていた。そんな彼らは、この御方を受け容れないばかりか、徹底的に拒絶した挙句、とうとう十字架につけて殺してしまった。

 神の御子は、我々と同じ人間の姿をとってこの世に来られたが、それはすべての人間の救いを完成させるためだった。この御方は、インマヌエル、すなわち「神は我々と共におられる」ことを明確に示された(マタイ1:22、23参照)。この御方がおられるのは、どこか限定された場所なのではない。神の御子は、すべての人間の救いを実現するため、我々一人一人のところに来てくださったのだ。この何よりも大切なことを、アドベントの時期に心静かに覚えたい。

 

2013年12月8日 教会創立106周年記念礼拝

説教:「この罪を彼らに負わせないでください」
聖書朗読:使徒言行録7章54節〜8章3節
説教者 : 北川善也牧師

 ステファノは、十二使徒の働きを補佐する新たな働き手として選ばれた七人のうちの一人だった。彼は、「信仰と聖霊に満ちて」(6:5)おり、「恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で」(6:8)行っていた。

 そんな彼は、民の指導的立場にある律法学者たちには目障りだった。彼らは、ステファノを議論で打ち負かそうとしたが、彼が「知恵と“霊”とによって語るので」(6:10)まったく歯が立たなかった。そこで、彼らは偽証人を立て、神冒涜の罪をでっち上げてステファノを最高法院に連行した。

 孤立無援の衆人環視下、ステファノが語ったのは、イスラエルの歴史を初めから説き起こす説教だった。生きて働かれる主なる神への信仰から離れ、自分たちの手で作った偶像を神とするようになったイスラエル。そんな彼らを立ち帰らせるため神は預言者たちを送られたが、彼らはそれを拒絶した。その挙句、そのような罪から人間を救い出すため神が遣わされた御子をさえ彼らは十字架にかけて殺してしまった、とステファノは暴き出す。人々は、こうした言葉を聞いて激しく怒りを燃やした。

 一方、語るべきことを語り終えたステファノは聖霊で満たされ、天の国の幻が示された。彼が「人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言うのを聞くと、人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかった(55-57節)。

 律法は、神を冒涜した者を石打で殺すよう定めていたが、この刑を受ける時のステファノの態度は驚くべきものだった。「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と言った」(59節)。そして、彼は「ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ」(60節)。これらは、いずれも主が十字架上で語られた言葉を思い起こさせる。ステファノは、こんな恐ろしい目に遭っている時も、主が共におられることを確信し続けることが出来た。

 このことをきっかけとして迫害が始まるが、使徒たちはエルサレムにとどまり、教会の指導を続けた。以前、主が十字架につけられそうになった時、一斉に主のもとから逃げ去った彼らが、今回は何も恐れず、福音伝道のため命懸けで働く者に変えられていた。

 一方、彼らの他は皆エルサレムから逃げ出し、周辺の「ユダヤとサマリアの地方に散って行った」(8:1)。このことは、信仰共同体に連なる大多数の人々が欠けたことを意味する。だが、迫害によって散らされた信仰共同体は、逃げ延びた先で再結集し、その群れはいよいよ拡大していくのだ。

 さらに、そこではもう一つ重要な種蒔きがなされていた。ステファノが石打刑に処せられた時、そこにはサウロという若者が居合わせていた。彼は、律法学者であり、ステファノの言葉を聞いて怒りを燃やした者たちの一人だった。

 しかし、サウロの脳裏には、石打を受けながら「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と祈り続けたステファノの姿が深く刻みつけられた。

 ステファノが福音伝道のために命を献げた出来事は、生まれたばかりの信仰共同体を散らしてしまったためマイナスの働きにさえ見えるが、神はこの出来事を豊かに用いられる。ステファノの殉教によって伝道の働きはますます強められ、また彼の祈りによってサウロは、後に異邦人伝道の中心人物として生まれ変わっていく。

 信仰共同体の成長、教会の拡大という出来事は、人間の想像など全く及ばない、神の大いなる御力によって支え導かれていくのだ。

 

2013年12月15日 待降節第3主日

説教:「迫害によって散り行く人々」
聖書朗読:使徒言行録8章4〜13節
説教者 : 北川善也牧師

 ステファノに対する石打の刑をきっかけとして、キリスト者に対する大迫害が始まった。これによってエルサレムに拠点を構えたばかりの最初の教会は蜘蛛の子を散らすような状態になった。

 その前、聖霊降臨によって神の力を豊かに受けた弟子たちが立ち上げた信仰共同体が急激に大きくなることで、十二弟子だけで責任ある働きを担うことは困難となった。そこで、彼らは新しい七人を追加して選んだが、それはいずれもヘレニストと呼ばれるギリシア語を話すユダヤ人たちだった。

 当時、ギリシア語は世界共通語であり、教養ある人々は母国語同様ギリシア語を話し理解した。つまり、ヘレニストは当時のユダヤ社会で一目置かれる知識人だったのだ。教会は、そういう人間を指導的立場に置くことによって自分たちの発言力が強まり、群れが順調に成長すると期待したのかもしれない。だが、実際にはそのような考えとは真逆の反応が起きた。

 選ばれた七人のうちの一人であるステファノは、伝道を開始するとすぐに捕らえられ、最高法院で裁きを受けることとなった。そして、彼はそこで語った説教によって人々の怒りを買い、石打によって殺されてしまうのだ。

 こうして始まった大迫害から逃れるため、フィリポらはサマリア地方へ向かった。彼らの旅は悲しみを伴う逃避行だったが、それは同時に福音が新しい地域に宣べ伝えられる機会となった。こうして人間の計画は崩れ去り、神の御計画が着実に進められていく。

 さらに、彼らが逃れたサマリアの町には大きな問題があった。かつて北王国イスラエルに属したこの町も、アッシリアの支配下に置かれると異教を積極的に取り込み、ギリシア風の都市となった。それゆえユダヤ人とサマリア人は険悪な関係になっていたのだ。

 しかし、「群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った」(6節)。サマリアの人々は始め、悪霊を追い出したり、様々な病気をいやしたりするフィリポの「しるし」に惹かれたが、次第に彼が語る救い主イエス・キリストに心を向けるようになっていく。

 一方、そこにはシモンという男がいて、自分を偉大な人物と称し、大勢の人々をたぶらかしていた。「人々が彼に注目したのは、長い間その魔術に心を奪われていたからである」(11節)。シモンは、将来を占ったり、死人と会話したりするような怪しげな行為によって人心を掴んでいたのだ。

 そこへフィリポがやって来て、力強く神の言葉を語り始めた。すると、それまで神ではないものを拝み、またシモンの怪しげな行為を神の力と信じ込んでいた人々が、長い間の呪縛から解放され、真の信仰へと導かれて洗礼を受けるという出来事が起こった。

 しかも、「シモン自身も信じて洗礼を受け、いつもフィリポにつき従い、すばらしいしるしと奇跡が行われるのを見て驚いていた」(13節)。このことは、フィリポに与えられていた力がいかに大きかったかを物語っている。

 だが、この時シモンは神の言葉そのものに心を向けたのではなく、フィリポという人間によってなされる「しるし」に魅せられていたのだ。人間にとって、目に見えるものを追いかけるのは楽なことであり、そういう楽を求め続けるのが人間の本性だろう。

 目に見える確かさを得ようとする人間に、神はインマヌエル、「神我らと共にいます」の御言葉を与えてくださった。御子イエス・キリストがその御言葉としてこの世に来てくださった。それゆえ、我々はこの御方に対する信仰によってのみ真の平安をもって神と共に歩ませていただけるのだ。

 

2013年12月22日 降誕祭礼拝(クリスマス)

説教:「神の賜物」
聖書朗読:使徒言行録8章14〜25節
説教者 : 北川善也牧師

 ステファノの殉教によってエルサレムに出来た最初の教会への大迫害が始まった。しかし、十二使徒たちはそこにとどまり続けた。彼らもステファノ同様殺されるかもしれなかったのにとどまることができたのは、ようやく立ち上がったばかりの主の御体なる教会を守るという彼らに託された役目を強く自覚していたからだろう。

 一方、使徒たち以外の信徒らは皆、蜘蛛の子を散らすようにエルサレムから逃げ去った。だが、これも神の計画が粛々と進められていくために必要なことだった。

 ある日、エルサレムの使徒たちに思わぬ朗報が飛び込んできた。サマリア地方に逃げたフィリポら一行が、そこでの福音伝道に成功しているというのだ。これを聞いたエルサレム教会は、ペトロとヨハネにその様子を見に行かせた。

 サマリアに着いた彼らが最初にしたのは、洗礼を受けた人々がさらに聖霊を受けるよう神に祈ることだった。このように聞くと、少し不思議に思う。「洗礼」を受けることと「聖霊」を受けることは別のことなのだろうか、と。

 サマリアの人々は異教の神々に親しみ、また、シモンの魔術を神の力によるものと捉えていた。そんな彼らのところに逃げてきたフィリポは、早速そこで主イエスによって成し遂げられた救いの御業を証しし、福音を告げ知らせた。同時に彼は多くの人たちから汚れた霊を追い出し、病人たちをいやした。すると、彼らは主による救いの出来事よりも、フィリポが行う目に見えるしるしに惹きつけられてその教えを受け入れるようになった。つまり、この時点で彼らはまだ多くの神々の中から自分たちのニーズに合った神を選んだと言ってよい状態だったのだ。

 かつて、ペトロはエルサレムの人々に「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」(2:38)と告げた。これは、洗礼を受ければ自動的に聖霊の賜物に与るということではない。聖霊を受けるためには、真剣に罪を悔い改め、真の回心に至る必要があるということだ。

 ペトロとヨハネがサマリアの人々を回心へと導き、手を置いて聖霊の授与を祈った時、人々に聖霊が降り豊かな恵みで満たされた。この様子を見たシモンは、使徒たちの手の力によって聖霊が与えられると考えた。元々、彼は将来を占ったり、死者と会話したりする力を示し、神の力を持っているかのように思わせて人心を掴んでいた。彼はそれがまがい物であることを誰よりもよく知っていた。だからこそ、使徒たちのような本物の力を持ちたいと願ったのだ。

 だが、シモンは使徒たちの賜物をこの世の価値観と直結させ、お金でそれを手に入れようとした。その時、ペトロは「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい」(20節)と厳しく叱りつけた。

 ペトロは、「お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている」(23節)とも言っているが、これはシモンが本質的に罪に染まっていることを示している。実は、これはすべての人間の状況なのだ。

 そのような人間のために主は来られ、罪の赦しをもたらしてくださった。このことに気付かされたシモンは、使徒たちに「おっしゃったことが何一つわたしの身に起こらないように、主に祈ってください」(24節)と願う。この言葉には、彼に自分の罪を悔い改め、神への立ち帰りを求める心が備えられたことが暗示されている。

 神が望んでおられるのは、聖霊の働きによって実現される平和の絆によってすべての人間が神と結ばれることに他ならない。主はそのことを成し遂げるために我々のところへ来てくださったのだ。

 

2013年12月29日 降誕節第1主日

説教:「福音を告げ知らせ、洗礼を授けよ」
聖書朗読:使徒言行録8章26〜40節
説教者 : 北川善也牧師

 それは、あるエチオピア人の宦官の身に起こった出来事だった。彼は、エルサレム神殿の礼拝に出席し、自国へ帰る長い旅路の途上にあった。周囲は見渡す限り乾ききった荒れ地が広がっていた。

 礼拝に出たばかりの宦官だったが、その心は満たされていなかった。去勢された宦官は、律法の規定でイスラエルの集会に加わることを認められていなかったのだ。

 エチオピアからはるばる馬車を駆ってエルサレムへ赴き、熱心に聖書を読む宦官は、神を畏れる信仰者だった。だが、宦官は神殿の前までは行けても、神殿の中まで進むことは出来なかったのだ。

 彼は、「エチオピアの女王カンダケの高官」であり、自国では高い地位にあった。彼は、大勢のライバルの中で競争に勝ち抜き、女王の全財産を管理するという重責を任せられるまでになっていた。

 彼は、お金や地位ならば皆持っていたのだ。しかし、そうしたもので彼の渇きがいやされることはなかった。彼の心は、まるで今馬車が走っている荒れ野のように荒れ果て乾ききっていたのだ。

 その渇きのいやしを求めて、彼は帰る際、イザヤ書の巻物を買い求め、馬車の中で必死に読みふけっていた。彼が特に心惹かれたのは、「苦難の僕の歌」と呼ばれるイザヤ書52:13-53:12だった。

 そこには、卑しめられ、子孫を残せないまま命を絶たれる人の姿が描かれている。あまりにも悲惨な道を歩む人の状況を語っているこの言葉は、彼の心を鷲掴みにした。しかし、どんなに必死で読んでみても、一人ではそれが何を言わんとしているかという肝心要のところが理解できなかった。

 この宦官のために、主はサマリア地方での伝道に活躍していたフィリポを遣わされた。主の天使から「エルサレムからガザに下る道に行け」と告げられたフィリポは、宦官が乗った馬車を追いかけ、彼に「読んでいることがお分かりになりますか」と問いかける。

 驚くような状況であるにもかかわらず、宦官は即座にフィリポを馬車に乗せ、「預言者は、誰についてこう言っているのでしょうか」(34節)と尋ねた。彼は「苦難の僕」とは誰のことか知りたかったのだ。フィリポは、熱心に彼のために聖書を説き明かした。

 我々のために苦しみを受ける僕とは、神の御子イエス・キリストに他ならないこと。キリストは、我々すべての人間の罪を担い、十字架にかかって死んでくださったこと。しかし、その死から復活を遂げ、今も生きておられること。そして、誰でも悔い改めてキリストの御名によって洗礼を受けるなら、決して尽きることのない命の水に与ることが出来ること……。

 すると、フィリポと宦官は荒れ野の中を進んでいたはずなのに、水のある場所に出る。自分自身が乾ききった荒れ野であると感じていた宦官は、ついに生きた水を見出した。聖書を通してキリストとの出会いを果たした彼は、主が与えてくださる命の水に与りたいと心から願った。もはや洗礼を受けない理由はどこにもなかった。

 我々は、洗礼を受けることによってキリスト者となる。そして、洗礼を受ける時、我々は「イエス・キリストは神の子であると信じます」と信仰告白をする。受洗に際して最も大切なのはこの信仰告白だ。我々は、信仰告白によって初めて主が与えてくださる命の水に豊かに与ることが出来るようになる。こうして荒れ果て、乾ききっていた人間に生きた水が止めどなく注ぎ込まれ、本当の意味で生きる者へと変えられていくのだ。

 神は、このようにして一人の人を捕らえ、命の水を豊かに注いで、まことの命へと導かれる。たった一人を救うために、神は全力を尽くして働いてくださるのだ。

 

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