日本基督教団 洛北教会

2020年 教会標語「わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」(ヘブライ人への手紙8章10節)

先週の説教

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2020年11月22日 聖霊降臨節第26主日

説教:「真理とは何か」
聖書朗読:ヨハネによる福音書 18章32〜37節
説教者 : 岡本知之牧師

説教黙想 「何に属して生きるか」

 今日のテーマは、自分が何に属しているかと云うことである。人々は明け方にイエスを総督官邸に連れて行くが中に入ろうとはしない。理由は過越の食事をするためには汚れてはならないからである(28節)。考えてみればこれは凄いことである。ローマ総督ピラトであっても、異邦人であるから本人は元より、彼の過ごす官邸もまた汚れているというのである。これがユダヤ人たちの属する世界である。
 そこで、ピラトがユダヤ人のところに出てくるのである(29節)。私がピラトなら、「ふざけるな。私とその居所が汚れているというのか。ならばおまえたちは、その汚れている者に裁きを求めにきたのか」いうであろう。けれどもピラトはそうしない。いわば唯々諾々と、ユダヤ人に寄り添うのである。理由はただ一つ、ユダヤ人の暴動や反乱を恐れていたからである。数年間を無事に治め終えてローマに召喚されること。それだけが地方総督の望みであった。それがピラトの世界であり、唯一の行動基準であった。
 そしてイエスは云う。「わたしの国は、この世には属していない」(36節)と。そして更に云う。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」と。
 「真理とは何か」、これはピラトの問いであるが、ヨハネ福音書における答えははっきりしている。「わたしは道であり、真理であり、命である(14章6節)」。即ち、真理とはイエスご自身の事であり、命も道もイエスご自身である。とすればピラトは問い方を誤った。真理とは何かではなく、「真理とは誰か」と問うべきである。真理とは主キリストと父と聖霊の三位一体の人格的交わりと、その真実それ自体である。

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