日本基督教団 洛北教会

2022年 教会標語「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(1テサロニケ5:16-18)

先週の説教

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2022年9月25日 三位一体後第15主日

説教:「論争の中で」
聖書朗読:マルコによる福音書2章1〜22節
説教者 : 岡本知之牧師

説教黙想 「今、何時(なんどき)ですか」
 今、朝の聖研と夕べの祈祷会で学んでいる「コヘレトの言葉」には「すべてのことには時がある」という有名な箇所がある。しかもそれは神によって定められた時なので、これを乗り超えるのは至難の業であるということになる。
 その中の一つが、今日のテキストに出る「断食の時」である。イスラエルの宗教に於いて断食は祈りと癒やしと共に大事な善行とされていた。年一度の「贖罪の日」には必ず行われ、それ以外にも干ばつや疫病の際に一定期間に亘る断食が実行された。
 これはすべての人が行うべき断食であるが、これ以外にも敬虔な人が進んで行う私的な断食もあった。例えば洗礼者ヨハネの食事は「イナゴと野密」であり(マルコ1:6)、人々は彼を「飲みも食べもしない」(マタイ11:18)と見ているから、断食を日常的におこなっていたと見ることも出来る。従って、彼の弟子達も断食を実行していたはずであり、自分たちの敬虔さを売り物にしていたファリサイ派の人々も、律法の規定する断食の他、私的な断食を熱心に行っていたものと思われる(ルカ18:12)。
 一方でイエスは「大食漢で大酒飲みだ」(マタイ11:19)と噂されていたことを考えると、イエスと彼の弟子達も断食にはさほど熱心ではなかったのかもしれない。そのような状況下でヨハネの弟子達とファリサイ派の人たちはとその取り巻きがイエスに議論をふっかけることになる。  ではイエスはこれにどうお答えになったか。19節「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか」がその答えである。マルコ福音書の隠されたテーマの一つが「時」である。つまり今は祝福の時であり、祝祭の時だというのである。
 冒頭に挙げたコヘレトの言葉では「しかし神は永遠を思う思いを与えられた」と言う。その神の永遠が、主イエスの到来であり、神の国の実現なのである。

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