日本基督教団 洛北教会

2021年 教会標語「あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」(申命記31章6節)

先週の説教

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2021年2月28日 受難節第2主日

説教:「大きな淵を超える」
聖書朗読:ルカによる福音書16章19〜31節
説教者 : 岡本知之牧師

説教黙想 「淵を造るのは自分」

 「陰府」に落ちて、その地獄の苦しみからの救いを求める金持ちに対して、アブラハムは言う。「私たちとお前たちの間には大きな淵が設けられ、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこから私たちの方に越えて来ることもできない」と。金持ちは地獄の災で焼かれながら苦しみ続けなければならない。日本でもよく見る地獄絵図の通りの世界である。
 この淵を掘ったのは神でもなければアブラハムでもない。この渡ることのできない淵を掘ったのは、この金持ち自身である。門前に横たわるラザロを蔑み、無視してその傍らを通り過ぎるその度ごとに、その淵は深くなっていく。その淵とは自分が神様のとの間に掘った淵なのである。そしてその淵はあまりにも深すぎて、また広すぎて、最早自力でそれ超えることは出来ない。
 この淵を消す方法が一つだけある。それは「モーセと預言者に聴く」ことである。御言葉に聴くことによって、この大きな淵が消え去って行くのである。アブラハムは人間が神に対して造る「大きな壁」に気づいている。それは神の言葉に耳をふさぐ壁である。この壁を作り上げている限り、死者の復活という出来事も力を発揮することはできない。まさにこの淵と壁の相乗効果である。
 しかしパウロが「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」(ローマ10:17)と語るように、神の言葉に心を開くとき、この淵も壁も消え去って行くのである。覚えておきたい。淵を掘るのも、壁を造るのも自分自身であると。神はそのような私たちのために、その独り子を遣わし、十字架の死と復活を通して、私たち一人一人に迫っていて下さるのである。

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