日本基督教団 洛北教会

2021年 教会標語「あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」(申命記31章6節)

先週の説教

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2021年9月19日 三位一体後第16主日

説教:「聖霊の到来」
聖書朗読:ヨハネによる福音書16章5〜11節
説教者 : 岡本知之牧師

説教黙想 「十字架・復活・昇天・聖霊の派遣が意味すること」

 「告別説教」の第二部は「ぶどうの木のたとえ」で始まる。ぶどうの木に枝が「つながっている」ように、真のぶどうの木であるイエスに「つながっている」ようにと求める(15章1〜17節)。しかし、イエスが御父の言葉を語っていることを理解できない「世」は、イエスに「つながる」弟子たちを迫害する(15章18節〜16章4a節)。イエスが父の元に帰ることを聞いた弟子達は悲嘆に暮れる。その弟子達にイエスが「弁護者」の到来を語るのである。
 ここで「弁護者」は「パラクレートス」即ち前置詞パラ<脇に、傍らに>と動詞カレオー<呼び寄せる>による合成動詞パラカレオーから派生した名詞で、文字通りには「誰かを助けるために呼び出された者」の意味で、口語訳ではこれを「助け主」と訳している。
 更にイエスは言う、「わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ない」と。このことの意味は一体何であろうか。ここで「去っていく」とは十字架の死及び復活を経ての昇天を指している。これまでも度々述べてきたように、「十字架の死」とは父なる神との「関係の断絶」を意味し、復活とはその「関係の回復」を意味する。そしてこの回復された関係の担い手こそが「聖霊」なのである。聖霊とは父と子の間に通い合う「愛の息吹」そのものの事である。
 さてこの「関係の断絶」こそが私たちの罪の実態(本質)であり、またその結果であった。その罪の実態とその結果を、主は十字架の上に担って下さったのである。そして回復された主ご自身と父なる神との関係に立って、主は私たちに父なる神との関係の回復をもたらして下さったのである。 それを成し遂げて下さるのが、この「聖霊=弁護者=助け主=真理の霊」なのである。だから、この順番が必用なのである。

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